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出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、八千草薫、余貴美子、井川遥、香川照之 他 山あいの小さな村。数年前、長らく無医村だったこの地に着任して以来、村人から絶大な信頼を寄せられている医師、伊野治(笑福亭)。そんな彼のもとに、東京の医大を卒業した青年・相馬(瑛太)が研修医としてやって来る。最初はへき地の厳しい現実に戸惑い、困惑する相馬だったが、村の人々に親身になって献身的に接する伊野の姿に次第に共感を覚え、日々の生活にも充実感を抱き始めていく。そんなある日、一人暮らしの未亡人かづ子(八千草)を診療することになった伊野。病気のことを都会で医師をしている娘(井川)に知られたくないからと、かづ子から一緒に嘘をついてほしいと頼まれる。しかし、それを引き受けたばかりに、伊野は次第に追い込まれていくことになり…。 「ゆれる」を観た時思ったことの一つが、 どうもこの監督はそのへんの心の微妙なところの揺さぶりを描くこ 兄弟、という言うなら微妙で危うい設定であった「ゆれる」 この映画は自分には微妙であったがその手法は非常に好きな部類で 「ゆれる」 出演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、樹木希林、柄本明 他 長崎のさびれた漁村に生まれ、自分勝手な母に代わり、引き取られた祖父母に育てられた青年、清水祐一(妻夫木)。現在は、土木作業員として働き、年老いた祖父母を面倒見るだけの孤独な日々を送っていた。そんなある日、出会い系サイトで知り合った福岡の保険外交員・石橋佳乃(満島)を殺害してしまった祐一。ところが、捜査線上に浮上してきたのは福岡の裕福なイケメン大学生・増尾圭吾(岡田)だった。苦悩と恐怖を押し隠し、いつもと変わらぬ生活を送る祐一のもとに、一通のメールが届く。それは、かつて出会い系サイトを通じてメールのやり取りをしたことのある佐賀の女性・馬込光代(深津)からのものだった。紳士服量販店に勤め、アパートで妹と2人暮らしの彼女もまた、孤独に押しつぶされそうな毎日を送っていた。そして、話し相手を求めて祐一に久々のメールを送った光代。やがて、初めて直接会うことを約束した2人だったが…。 公開当時映画館に観に行き非常に記憶に残った映画。もう一度見てみたくなったので見てみたがやはりおもしろかった。たいくつする時間が無く、引き込まれ、納得できる映画。死体や濡れ場など、あえて生々しい人間模様を描いていることもこの映画が見ていて飽きない理由の一つと思うが、もっと大きな理由は、登場人物の行動意図を考えたくなってしまい、少し考えるとそれがよく分かり、納得がいき、制作者の意図を感じ取れた気になるからではないかと思う。誰もが悪人のように見え、誰も悪くないように感じる。誰が本当の悪人なのか?というテーマのような要素を考えずにはいられない。なかなかよい最後のシーンも、初めて見たときはあれ?と思いエンドロール中ずっと考えることになってしまったが、まあ少し考えるとよく分かるのだ。見た人の多くが俺はこの映画の言いたいことが分かったぜ、と口に出してしまいそうな、そんな納得感のある、平たく言うと分かりやすい映画である。 そもそもあまり分かりづらい映画が得意でない自分としては、若干考えることもでき、納得もでき、終わりに驚きもあるこの映画を非常に評価できる。丁度よい、というか、いい湯加減、というか。「フラガール」も大変好きな映画だし、今のところこの監督は好きということになる。他の映画も見てみたいと思う。 さてこの映画では記憶に残るよいシーンがいくつもある。ラストはもちろん、柄本明や樹木希林のシーンはおそらく何年経っても頭に残るシーンであると思う。これと言うシーンがあるわけではないが深津絵里の一つ一つの仕草は、非常にキャラを捉えていてよかったと思う。田舎くさい感じが。少し見ていてイライラしてしまう感じが。妻夫木はちょっとやっぱどうしても爽やかに見えてしまうのが残念。 犯罪を正当化する映画ではない。どんな理由でも悪人は悪人。しかしそんな悪人も、好きでそうなったのではない。人を愛する優しい心も持っている。そんな心が見えるから、この映画を見るとほっとする。非常によい映画。 しかしどうしても気になったのは、妻夫木が黄色い髪に青い服、深津絵里が赤い服。信号機のような色合い。どれか一つでも変えればよかったのに。そのせいでこの映画は星2つ半だ。 出演:吉岡秀隆、堤真一、小雪、堀北真希、薬師丸ひろ子、須賀健太、森山未來、もたいまさこ他 昭和39年。東京は念願のオリンピック開催を控え、ビルや高速道路の建設ラッシュで熱気にあふれていた。そんな中、東京の下町、夕日町三丁目に暮らす小説家の茶川竜之介(吉岡)は結婚したヒロミ(小雪)と高校生になった淳之介(須賀)と楽しい毎日を送っていた。しかもヒロミのお腹には、もうすぐ生まれてくる新しい命も宿っていた。しかし連載中の『銀河少年ミノル』が、謎の新人作家・緑沼アキラに人気を奪われ窮地に陥る。一方、お向かいの鈴木オートでは、いまやすっかり頼もしくなった従業員の六子(堀北)に、青年医師・菊池孝太郎(森山)との初々しいロマンスが芽生えようとしていたのだが…。 ブログをつけるのは何年ぶりだろうか、2012年はしっかり記録していこうと思う。ここのところ映画館に行っても「マネーボール」「ソーシャルネットワーク」「ハリーポッター」など、とにかく途中で寝てしまい話がよく分からないまま終わっていた(まあつまらなかったからだろう)が今回は久しぶりに最後まで引き込まれ見ることができ、さらにブログを書こうという気にまでさせてくれた。しかし映画館で寝るのはなぜあんなに気持ちがいいのだろうか? Alwaysである。本作は05年、07年に継ぐ3作目、64年の高度経済成長期、もはや戦後ではなく、東京でオリンピックが開かれるまで日本が回復した古きよき時代の東京の人々の日常を描いている。 そうこの映画のよいところは、変に映画らしく振舞わず、日常感を出すことに成功していることだと思う。あくまでただこの時代に生きた人々の日常の一部を切り取っただけという領域を出ず、現代を生きる我々に苦労話や教訓めいたことを押し付けてこない。ただ東京オリンピックの年に、結婚、出産、別れなど人生の転機となることが一度におとずれただけなのであり、そういう転機が重なり合うことはまあある。日常である。流れる音楽が少ないことや、いわゆる映画らしく役者が感情を出すシーンでも普通にサラリーマンやおばさんが道を歩き、隣の家のじじいは特段驚きもせず家の前で座り餅を焼いており、ピエール瀧は自動販売機を見張っている。そういう人々の様子が、日常感を出すことを手助けし、非•押し付けがましくない良質の映画を作り上げていた。 しかしそんな日常が映画として成立しているのはなぜなのだろうか。そこに現代でも変わっていないもの、失ってしまったもの、そういうものの良し悪しを感じるからであろうか。押し付けてはこないが自ら感じ取るレベルで。 親父(米倉斉加年)の自分に対する愛情を知り、それを今度は淳之介に同じ形で示す茶川に感動して涙が出た。息子への態度を最期まで軟化させることはなかった親父の姿は感動的であったし、親父のようにはいかない不器用な茶川ではあるが、それを淳之介に示す一連の流れ。それはベタであり私の大好きな流れ。それはまさに現代でも忘れてはいけないもののよさであった。親父から息子へ、その息子へとつなぎ、それはこの現代にまでつながっているのだろうか。 堤真一の演技はわざとらしく感じる。でもそれがこの映画では嫌な感じはしない。わざとわざとらしくしているのだろうと思う。わざと本気であの時代の威厳ある父親像を描いていないのだろう。そういうところもこの映画を非•押し付けがましくないものとしてよくしているところだと思う。薬師丸ひろ子はきっと真面目に演技していてわざとらしくなってしまっていると思うが、結果オーライである。しかしこの2人はまるで夫婦感がない。さすがにそこは少し残念である。 思い出してみると堤真一はど真面目な映画である「クライマーズ•ハイ」でもわざとさを感じた記憶がある。この人は俺にはそういうふうに映る人なのだろうか。「容疑者Xの献身」のような演技が個人的には合うように思う。 映画館に笑い声とすすり泣く声がよく聞こえ、それだけでこの映画のよさを感じることができた。笑いあり涙ありとはこのことであり、非常によい時間であった。ただこの時代を知っている人が見たらどういう感想を持つのだろう、と思ったのだが、それはどうやら2006年にも思っていたらしい。(「ALWAYS 三丁目の夕日」(2005)) 出演:福山雅治、堤真一、松雪泰子、柴咲コウ、北村一輝 他 ある日、貝塚北警察署管轄内で男性の死体が発見される。顔は潰され、指も焼かれて指紋が消されていたものの、ほどなく身元は判明した。捜査には本庁も出動し、貝塚北署の刑事・内海(柴咲)は先輩の草薙(北村)と共に、被害者の別れた妻・花岡靖子(松雪)へ聞き込みに向かう。しかし、容疑者と目された彼女には完璧なアリバイがあった。いきなり壁にぶつかった2人は、さっそく“ガリレオ”こと湯川学(福山)に相談を持ちかける。そこで偶然にも、靖子のアパートの隣に住む冴えない男・石神哲哉(堤)が、湯川の学生時代の無二の親友だったことが判明する。現在は高校のしがない数学教師をしている石神だったが、彼は湯川が“僕の知る限り、本物の天才”と評するほどの頭脳の持ち主だった。やがて、湯川は石神がこの事件に深く関わっているのではと疑念を抱き始めるが…。 このblog気まぐれでしか更新していないのですが、一応存在しています。おもしろい映画に出会い、かつ書く時間があるときしか更新されません。 テレビでやっていたので見ることができました。原作は読んでいたのでストーリーは知っていたのですがそれでも見入ってしまいました。それは堤真一の演技力のおかげです。彼は演技の細かいところにも気を配りそのキャラクターになりきっていたと思う。動きの細かいところや喋り方やいろいろなところ。最後の泣き叫ぶシーンは非常に心に残るシーンであった。 原作ではなぜ石神が靖子をそんなにもかばうのかがあまり読み取れず、殺人トリック以外のストーリーのよさを感じることができなかったが、映画ではそれが少し分かりやすく説明されておりその点がよかった。 福山雅治と柴咲コウでなければもっとよい映画になったと思う。
アニメーションの知識とかさっぱりなのでそのへんについては分かりませんがストーリーの発想がおもしろくて大好きでした。そのストーリーに画が非常にマッチしていてよかったです。もともとは加藤久仁生が描いた絵からストーリーは作られたそうですがあの物悲しい絵に物悲しいストーリーが絶妙に合い間ってました。 積み木に“人生”を、水没に“過去”を重ね、戻らぬ日々の切なさと、老い先短い人生の孤独を表す。水没しているベッドやソファの画が非常に切なくてよかった。 見終わってからいろいろとこの映画の意味を考えてしまう。人生について、過去について、いろいろと。そういう意味で12分とは言え、内容のある作品だ。DVDには長澤まさみのナレーション付きバージョンがあるが何もないほうがよい。様々な思いをめぐらすことができるからだ。 しかしおじいちゃんの描き方が何か見たことあるなぁ、と思っていたのだけど「まんが日本昔話」だな。あれもナレーションとかセリフ無しで見たら様々な思いをめぐらせることのできる意味深げな話になるはずだきっと。 PR
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